デカルト(たまには真面目な話を)

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春がやってきましたね。
コートもそろそろクリーニング屋さんへ。

久しぶりのレポートのお話を。
家を改造しながらも勉強は順調です。

西洋哲学史2のレポートが完成しました。
哲学者を一人ピックアップし、真理をめぐる問題について真理がどのようにとらえられたのか。また真理にとらわれず、認識や世界にどのように機能したのか考察する。

私はデカルトを選びました。
今さらデカルト...と思いましたが、分かったつもりになっていたことが分かり、1週間で仕上げるつもりが3週間かかりました。ずっとデカルトといえば、唯我諭者で心身二元論の問題を持ち出し、肉体を機械的にとらえた冷血漢のように思っていたのですが、デカルトはけっして唯我論者でも懐疑論者でもけっしてない

デカルトはさまざまな本を読み、意見を聞いていったなかで、「真実な意見は一つしかありえないはずであるのに、事実はまことに多くのちがった意見」があることに気づき、デカルトは書物と一度決別し、世界を旅し、自分自身に向き合う。

現実は夢かもしれない
1+1=2という数学的観念ですら欺く神に思い込まされているかもしれない

しかし「かもしれない」と思う自分自身は確かに存在する。
いくら欺こうとも、欺かれているなかでも「思う自分」は確かにいる。

そこに「われ思うゆえに われあり」というアフォリズムがある。

デカルトは懐疑論者で色んなものを批判していったのではなく「本当に疑いようのないものはなんなのか」を探し続けたのである。

思う自分の確率から、デカルトは神の存在証明を行う。
神の存在証明を行うことによって、欺く神の存在を否定し、
外在的実在性の実存を証明する(このようにデカルトは、物は存在しないとはいってないのだ!)

アリストテレスは、運動を物が形相へと変化する過程のものだと捉えた(目的論)
そこにデカルトは、血液が循環することなどを説明できる機械論をとなえてゆく。
疑うことができないもの→神の存在→現実の存在 と物事の基盤から考察を行っていった。

c0035116_1504791.jpg次は日米比較概論。
そしてビジネス会計3級を勉強中ー。

参考:
1.小林道夫 『デカルト入門』 筑摩書房、2006年
2.思想の科学研究会編 『新版 哲学・論理用語辞典』 三一書房、1995年。
3.斉藤慶典 『デカルト 「われ思う」のは誰か』 NHK出版、2003年。
4.デカルト 井上庄七訳ほか 『省察 情念論』 中央公論新社、2002年。
5.デカルト 野田又夫訳ほか 『方法序説 ほか』 中央公論新社、2001年。
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by sizukugaotisou | 2011-04-03 14:32 | 日     々

Name. はるナ


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